避難シミュレーションによる
大規模地下街の津波避難安全検証

マルチエージェントシミュレーションを活用し、大阪梅田地下街における12,000人規模の津波避難を解析。出口を増やすとかえって避難が遅くなる「意外な発見」など、防災計画に直結する知見を得ています。

避難シミュレーション 津波防災 マルチエージェント 地下街 防災計画
Pathfinder上で構築した地下街から地上に至る3次元避難シミュレーション
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背景と課題

Background

大阪をはじめとする日本の大都市は、その多くが海抜ゼロメートル地帯に位置しています。地下街やターミナル駅には日常的に多くの人が集まり、もしそこで大規模な津波が発生すれば、甚大な被害が想定されます。

研究の対象としたのは、大阪梅田にある国内最大規模の地下街のひとつです。1日あたり約40万人が利用し、平日18時のピーク時にはおよそ12,000人が地下街内に滞在しています。南海トラフ巨大地震が発生した場合、このエリアには2メートル以上の津波浸水が想定されています。

しかし、周辺の接続ビルに垂直避難できる人数はわずか約1,700人。すべての人を建物内に収容することは物理的に不可能です。そこで求められるのが、地下街から地上へ脱出し、さらに浸水区域の外まで水平に避難する広域的な避難計画です。

あらゆるシナリオを実地訓練で試すことは現実的に困難なため、コンピュータ・シミュレーションが重要な役割を果たします。

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シミュレーションの手法

Method

この研究では「マルチエージェントシミュレーション」という手法を使いました。これは、一人ひとりの避難者をコンピュータ上の「エージェント」として再現し、それぞれが周囲の状況に応じて自律的に行動する様子を模擬するものです。

従来の研究では避難者全員を同じ歩行速度に設定することが一般的でしたが、実際の地下街にはさまざまな人がいます。本研究では、年齢・性別・スーツケースなどの大型荷物の有無を考慮した多様なプロファイルをエージェントに付与しました。例えば、高齢者は若年者より歩行が遅く、スーツケースを持った旅行者は通路で幅を取ります。

対象地下街周辺の津波浸水想定と水平避難目標
図1 — 対象地下街周辺の津波浸水想定と水平避難目標
対象地下街の平面図と避難誘導階段の配置
図2 — 対象地下街の平面図と避難誘導階段(EGS)・避難広場(ES)の配置

空間モデルの構築には、施設管理会社から提供された詳細な図面データ(店舗の開口部幅、階段の寸法など)と国土地理院の地図データを統合しました。地下空間から地上の道路網まで、シームレスな3次元の避難環境を再現しています。

さらに、地震発生後の列車運行停止に伴う周辺駅からの流入人口(約5,800人)も時間遅れを含めてモデルに組み込み、より現実に近い状況を再現しました。

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意外な発見

Key Finding

シミュレーションから得られた最も注目すべき発見のひとつが、「出口を増やすと、かえって避難が遅くなる」という直感に反する現象です。

ブレスのパラドックス — 出口が増えると避難が遅くなる?

主要階段が使えなくなった場合に備え、複数の代替階段を一斉に開放する「分散誘導」を検証したところ、避難完了時間はむしろ96分に延長しました。一方、代替階段を1箇所に限定した「局所誘導」では65分で避難が完了。地下からの一時的な流出量が増えることで、地上の幹線道路横断部に新たな渋滞が生まれたことが原因でした。

この現象は、交通ネットワーク理論で知られる「ブレスのパラドックス」(道路を追加するとかえって渋滞が悪化する現象)に類似しています。地下空間だけを見て局所的に最適化しても、地上を含めた避難経路全体を俯瞰しなければ、思わぬボトルネックを生み出してしまう可能性があることを示しています。

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検証結果

Results
12,000人
ピーク時の滞在者数
53分
基本モデルの避難完了時間
4シナリオ
比較検証した避難計画

4つの観点から避難シナリオを比較しました。

避難指示の遵守率:誘導に従わない人が増えると、一見避難は早く完了します。しかし、適切な誘導を受けずに地上へ出た避難者は浸水リスクの情報を持たず、津波から確実に逃れられない危険があります。見かけの速さと真の安全は異なります。

避難者の多様性:高齢者やスーツケース携行者が混在すると、横断歩道部の流動率が局所的に低下しました。避難者の属性を考慮した計画の重要性を示しています。

信号機停止の影響:地震による停電で信号機が機能しない場合、歩行者の道路横断が制約されます。横断歩道の流動率が一定の閾値を下回ると避難時間が急激に延び、最悪のケースでは91分にまで長期化しました。

代替経路の選択:前述のブレスのパラドックス(セクション03参照)に示したとおり、地下から地上、そして避難目標地点までの経路全体を見渡す評価が不可欠です。

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シミュレーションの活用

Applications

この研究で構築したシミュレーションモデルは、混雑箇所や避難状況の時系列的な推移を視覚的かつ定量的に提示できます。以下のような場面での活用が期待されています。

自治体・防災部門

地域防災計画の実効性を事前に検証し、避難誘導計画の見直しや合意形成を促進するツールとして活用できます。

施設管理者

大規模地下街・商業施設における避難確保計画の策定・改善に、シミュレーションによる定量的エビデンスを提供します。

デベロッパー・設計者

建築計画・都市設計の段階から避難安全性を評価し、より安全な空間設計へのフィードバックを行います。

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出典

Reference
関連論文
高橋彰, 安福健祐, 阿部浩和: 避難シミュレーションを用いた大規模地下街津波浸水対策の避難誘導計画の評価, 日本建築学会計画系論文集, 86-786, 2104/2114 (2021)
Akira Takahashi, Kensuke Yasufuku: Evaluation of Tsunami Evacuation Plans for Underground Mall Using an Agent-Based Model, Journal of Disaster Research, Vol.19, No.2, pp.268-278 (2024)

謝辞
本研究は JST 未来社会創造事業 JPMJMI20D1 の助成を受けたものです。